月が私に語りかけてくれること

「月は、その人の本質や感情のリズムを教えてくれる」
Keikoさんのそんな言葉に出会ってから、私はますます月を意識するようになりました。
思い返せばずっと前から、私は月に惹かれていました。
満ち欠けを繰り返しながら空に浮かぶその姿は、気持ちが上向かない日にも、なぜかじっと見つめたくなる。太陽みたいに眩しすぎず、ただ黙って、そこにいる。
その静謐さが、日毎の慰めになっていたのだと思います。
新月の日には、静かな始まりの予感。
満月の夜には、理由もなく揺れる感情。
月は私たちの身体や心の奥に、いつも何かを伝えている。理屈より先に、感覚がそれを知っているような。
「Fly Me to the Moon」の真意とは?

そんな神秘的な月をモチーフにした作品は数え切れないけれど、真っ先に思い出すのが、1954年にバート・ハワードが書いた名曲 『Fly Me to the Moon』 です。
スタンダード・ジャズとして知られ、時代を超えて、多くのアーティストたちに歌い継がれています。
タイトルを直訳すれば 「私を月に連れて行って」 。
なんて甘くロマンチックな響き──第一印象ではそう感じますが、実際の歌詞を読むと、意外なことに気づきます。
Fly me to the moon
And let me play among the stars
Let me see what spring is like
On Jupiter and Mars
「月へ連れていって」「星たちの間で遊ばせて」「木星や火星の春を私に見せて」
一見すると、あなたと一緒に宇宙を旅したいという空想のよう。
でも、そのあとの一節が、この曲の本当の温度を教えてくれます。
In other words, hold my hand
In other words, darling, kiss me
── 「つまり、手をつないでってこと。私にキスしてってこと」
実はこの曲、当初のタイトルは “In Other Words(言い換えれば)”だったのだそう。愛の言葉を直接口にできない主人公が、宇宙の景色を借りて、そっと自分の気持ちを伝えようとしている。
その奥ゆかしくも詩的で遠回しな表現に、私はいっそう惹かれてしまうのです。
愛の言葉には、余白がほしい

たとえば、日本では、 夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳した という逸話があります。
ストレートに言わないからこそ、そこに生まれる“間”がある。その余白に、愛とも執着ともつかない、揺らぎのような感情が宿る気がします。
「愛してる」と言ってしまえば、その瞬間に意味が固定されてしまう。
でも、「月が綺麗ですね」や「私を月に連れて行って」には、
まだ言葉にならない何かを抱えている人の、やさしい願い が感じられる。
言葉のすき間からこぼれるものの方が、本音だったりする。
「Fly Me to the Moon」は、どこまでも月的なラブソングなのだと感じます。
月夜の美しい日に聴きたいカバーソング

本曲は、多くのアーティストによってカバーされてきました。この曲は、誰が歌っても、その人の“月の色”が浮かび上がるところがまた素晴らしい。
Fly Me to the Moon/Lucky (Sinatra/Jason Mraz & Colbie Caillat MASHUP) Rick Hale & Breea Guttery
🌖SinatraのクラシックとJason Mraz & Colbie Caillatの「Lucky」を組み合わせ、 月と恋の祝福をミックスしたマッシュアップ
"LISA ONO 小野リサ - Fly me to Brazil... - " BLUE NOTE TOKYO Live Streaming 2021
🌴moonではなくBrazilにアレンジ。都会ではなく、夜の浜辺の月明かりを想わせるような、たゆたう リズムと静寂の絶妙な融合 が魅力的。
Fly Me To The Moon - Frank Sinatra (Joseph Vincent Cover)
🎸 透きとおる歌声とギターのリズム が、月夜の光と風のように心地よい。
歌う人の感情によって、月の色や面差しはわかるし、聴き手の気分によっても、響くバージョンが変わる。そこもまた、月の歌らしい。
同じ歌を違ったバージョンで何度も聴いてしまうのは、自分の“内なる月”が少しずつ変わっているからかもしれません。
月はいつも現実から抜けだす手段を教えてくれる

「Fly me to the moon…」 ーーかつての私は“誰かにどこかへと連れていってもらいたい”と無意識に願いながら、この歌に憧れていました。けれど、いつしか、年齢と経験を重ねるうちに、「行きたかった月は、遠い場所ではなくて、身近なところにある。あるいは、自分の内側にあるものだと気づきました。
それでもこの曲を聴くと、月を見上げながら、誰かとどこか遠くへトリップしてみたくなる。月はいつも、現実から抜け出す手段や勇気を授けてくれるのです。